新しい永久脱毛

 最初の出会いから数えて二年余り、何度も会った。
年の瀬が迫ると連絡を取り合い、私たちはふぐを一緒に食べた。
一年目は東京のふぐを堪能し、二年目にはH夫妻に誘われ工呂崎のふぐを食べた。
抗がん剤治療のため酒が弱くなり、コップ半分のビールだけでH氏の顔面は真っ赤に染まる。
好物のふぐ鍋をつつきながら、ほろ酔いの彼が言った。
 「人生の出会いというのは不思議なものですね」 不思議と言えば不思議なご縁だ。
がん患者でなければ、ジャーナリストの私と出会うこともなかったに違いない。
まして、がん医療の矛盾について、マスメディアで告発するような性格の人ではなかった。
がんを病んだ後、Hさんは深く考えるところがめったのだろう、「同病の患者さんのために」と語った日の顔が心に残る。
 再発後の彼の生き方が、ふつうの患者と少し違ったところは、よい医者を探したこと、病気も人生の一部と割り切れたこと、最後までひとりの医者を信じてがんに白旗をあげなかったこと。
彼のがん人生に必要なものは勇気と想像力、そして、心ある医者だった。
 私は、この国の医療には「三人の主役」がいるのではないかと思うことがある。
患者と医者、そして役人だ。
いや、その役人を操る政治家をもひっくるめて三番目の主役とみるべきかもしれない。
いずれにせよ、医療の構図で言えば、すべての患者は「治りたい」「命を助けてほしい」と願い、心ある医師は「力を尽くして命を助けたい」と考えるものである。
これに対して、あくまで国民本位の立場から、時代に即した政策を練り上げるのは政治家と役人の役割だろう。
 そもそも医療制度とは今を生きる人間の命を守るためにつくられたはずだ。
ならば、医療行政が考えるべきは、がん患者のQOLを含め、国民の命を守るシステムの構築でなければならない。
 しかし、二〇〇一年九月末、国が医療保険制度の抜本改革を打ち出すや、サラリーマン本人三割負担という話が急浮上した。
医療費の自己負担率を二割から三割に引き上げるいうもので、その後の国会論議の末、翌年七月二十六日、医療法一部改正法案は可決成立。
二〇〇三年四月から医療費値上げが実施された。
 それに先立って小泉首相が「三方一両損」と語ったことはまだ国民の記憶に新しい。
ここでいう三方とは、患者と病院、保険加入者すなわち健康な国民にほかならなかった。
血税をムダ使いする役人と政治家の引き受ける痛みぱ何もなく、国民と医療機関が痛みを分かち合えば、医療構造改革はうまくいくという理屈のようだ。
 それで実際にフタを開けてみると、いったいどうなったか。
健康保険料引き上げに伴う国民負担増、医療費値上げによる患者負担増。
文字どおり、国民から税金(医療費)の二重取りである。
しかも法律の名において、がん患者の生きる望みがあっさり切り捨てられるというのが、この国のがん医療のまぎれもない現実なのである。
人気司会者のスキルス胃がん死 がんの手術の目的は二つある。
まず一つは、がんを治すこと(根治手術)だ。
そのために医者は適切な治療法を判断する。
もう一つは、治るがんと治らないがんの別なく、QOLに留意し、患者の命を脅かしている危険や苦痛を医学的な手法で取り除くこと。
どちらも医者の専門的な判断に委ねられるが、特に後者でぱ医学上の判断に加え、いわば医者個人の見識や人間性までが問われるヶ−スもある。
これについて、一般庶民の記憶としてある有名人のがん死がよく語られる。
 一九九三年十二月二十五日、人気司会者の逸見政孝さんが入院先の東京女子医大病院で亡くなった。
四十八歳という若さだった。
「私がいま冒されている病気の名前、病名はがんです」という衝撃的な「がん告白会見」から百十一日目の死だった。
 逸見さんの命を奪ったのは、スキルス胃がんだ。
胃がん全体のI〇パーセント程度占める特殊なタイプで、スキルス(硬がん)の名のとおり、がん細胞が胃壁のなかを這うように広がり、胃の全体ないし大部分が硬くなる。
早期発見は難しく、胃がんのなかでもことにたちの悪いがんだ。
このがんに冒されたのは本人の不運だった。
 また、逸見さんの死後、最初の手術をしたM外科病院側と遺族側の間で病状説明の内容りなどに関して意見の食い違いが生じ、さらに東京女子医大の執刀医H教授が、治る見込みのない末期がんを承知で十三時間もの再手術に踏み切ったことの是非をめぐり、M外科派と東京女子医大派の二手に分かれた「がん医療論争」が巻き起こった。
 最大の論点は、治らない進行がんとわかったとき、医者はその事実を本人や家族側にどう告げるべきなのかという一点だった。
これについて、がん専門医の間でも意見は真っ二つに割れた。
たとえば土屋了介国立がんセンター中央病院第一病棟部長(当時。
現在同副院長)は、 「最初の病院で診断がついた時点で、再発ぱ必至という現実を患者に詳しく話したほうがよかったのではないか。
(略)本当のことを告げられていなかったと後で知った患者は疎外感をつのらせ、家族も信じられなくなってしまうこともある。
よかれと思って隠したことが、本人のためになっていない」 と指摘。
その一方では、西満正癌研究会附属病院長(当時)が、 「早期がんは告知するが、末期がんとなると話は別。
がんは治るものと思われがちですが、やはりまだ怖い病気だ。
末期がんの患者を診ていると、医師もつらく切なく悲しい。
そんな患者に、『あなたは末期だ』とか、『あと何ヵ月』とかいえますか」と、医療現場に依然として根強い慎重論を代弁した。
末期がんに手術は必要か もう一つ、逸見さんのがん闘病をめぐっては、末期がんに手術は必要であったか、というがん医療の問題があらためて問われた。
というのも医者の仕事とは、目の前にいる患者の病状を医学的に判断し、いちばん危険なことから順番に排除してゆくことであるからだ。
その意味において、逸見さんに対するがん治療は適切だったか? 医事評論家の水野肇氏は、〈私白身が逸見さんだったらどう対処しただろうか〉と次のように語っている。
 〈私はやはり、がんが気になるのなら、逸見さんのように、しかるべき病院で年一回のチェックを受けるだろう。
そして結果は家族ではなく、私に真実を話して欲しいと要請する。
家族は一心同体といっても、基本的には他人である。
そこでいろいろと配慮されたり、操作されるのは、家族にも迷惑がかかる。
(略)やがて、全身転移がひどくなり、末期になれば「ホスピス」に入れてもらう。
病気とかたかうのが目的ではないので、東京女子医大や東大病院などには入院したくない。
その間は、原則として見舞客とぱ会わず、ゆっくりと残りの時間を生きたいと思う。
これががん患者の末期のすごし方ではないかと思う。
まちがってもテレビの撮影などぱ受け付けたくない〉 これも一つの考え方である。
しかし、がんをどう生きるかという問題は、本人の意思によるものであるかぎり、どのような治療選択も過ごし方も間違いではないと私は思う。
その人なりの選択ができれば、それが正解なのだ。
ただ、患者本人が何も知らず何も教えられず人生の終焉を迎えるのだけは少し気の毒な気がする。

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